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2018年08月18日

【ピョンチャンオリンピックメンタルコーチから学ぶチームビルディングの秘訣!】 研修のお知らせ

ヒムカレッジvol.2【オリンピックメンタルコーチから学ぶ チームビルディングの秘訣】

今回の研修は、ピョンチャンオリンピックで6位入賞を果たした女子アイスホッケーのメンタルコーチである山家さんをお招きして、チームビルディングの秘訣について研修を行います。




山家さんをご存じなくても、プロ野球埼玉西武ライオンズの菊地雄星選手プロゴルファーの古閑美保選手をご存知の方は多いと思います。山家さんは、そのようなスポーツ選手はもちろんの事、上場企業の経営者や管理職のコーチングで様々な結果を出されていらっしゃいます。

 企業、地域づくり、NPO活動、スポーツ等々様々な場面で成果を上げるためにはチームビルディングは非常に大切です。今回はその秘訣を山家さんのコーチとしての経験を通して余すことなくお伝えして頂きます。
 宮崎でオリンピックのコーチの話を聞ける機会はそうそうありません。是非ご参加いただき、様々な活動にお役立て頂きたいと思っております。

日時:平成30年9月30日(日) 10:00~12:30
場所:みやざきNPO・協働支援センター
料金:無料


お申し込みはこちらからどうぞ。
http://miyazaki-ksc.org/him_18_02.html
  

Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 11:47Comments(0)イベントのご案内(当センター主催)

2018年08月17日

【助成金・公募情報】~平成29年度補正予算「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援補助金」の2次公募~

【助成金・公募情報】~平成29年度補正予算「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援補助金」の2次公募~



助成制度名
平成29年度補正予算「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援補助金」の2次公募
実施団体
中小企業庁
関連URL
http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/sapoin/2018/180803mono.htm
お問い合わせ先
中小企業庁経営支援部技術・経営革新課長 師田
担当者:井上、西澤、安藤
電話:03-3501-1511(内線5351~5)
   03-3501-1816(直通)
FAX:03-3501-7170
募集ステータス
募集中
募集時期
2018年8月3日~2018年9月10日
対象分野
科学技術、消費者保護、その他
対象事業
調査・研究、事業プロジェクト、施設・設備
内容/対象
平成29年度補正「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援補助金」の二次公募を以下のとおり開始します。

●事業概要
 足腰の強い経済を構築するため、日本経済の屋台骨である中小企業・小規模事業者が取り組む生産性向上に資する革新的サービス開発・試作品開発・生産プロセスの改善を行うための設備投資等の一部を支援します。

●補助対象者
本補助金の補助対象者は、日本国内に本社及び実施場所を有する中小企業者(下記アの要件を満た
すもの)および特定非営利活動法人(下記イの要件を満たすもの)に限ります。 なお、本事業における中小企業者とは以下の表で示しています。ものづくりに関する事業で申請される方は【ものづくり技術】の類型欄を、サービスに関する事業で申請される方は【革新的サービス】の類型欄をそれぞれの「業種・組織形態」とあわせてご確認ください。

●応募件数等
① 同一法人・事業者での応募申請は、1申請に限ります(対象類型:【革新的サービス】【ものづくり技術】、事業類型:「企業間データ活用型」「一般型」「小規模型」を通して1申請です)。また、連携体の一員として応募申請をした法人・事業者も個者又は他の連携体で申請することはできません。重複が認められた場合、採択後・交付決定後であっても、原則として採択や交付決定を取り消します。

② 「平成24年度補正ものづくり中小企業・小規模事業者試作開発等支援補助金」、「平成25年度補正中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業」、「平成26年度補正ものづくり・商業・サービス革新補助金」、「平成27年度補正ものづくり・商業・サービス新展開支援補助金」及び「平成28年度補正革新的ものづくり・商業・サービス開発支援補助金」の採択事業者が同一・類似の事業を本事業に応募申請した場合、採択いたしません。

③ 「平成29年度補正ものづくり・商業・サービス経営力向上支援補助金」の1次公募における採事業者は、1次公募で採択された事業について辞退をしていない限り、申請を受け付けません。

④ 平成24年度補正事業、平成25年度補正事業、平成26年度補正事業及び平成27年度補助事業の「事業化状況・知的財産権等報告書」が提出されていない場合、採択いたしません。注.「事業化状況・知的財産権等報告書」とは、「中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業に係る補助金交付規程」第20条、第21条に基づき、各年度の「事業化況・知的財産権等報告システム」から入力し、登録完了することで提出(送信)されるものです。

⑤ 本事業では「他社と差別化し競争力を強化」する事業計画を支援対象としておりますので、複数の中小企業・小規模事業者から同一もしくは極めて類似した内容の応募申請があった場合、「他社との差別化」には当たらず、採択しない場合があります。自社の置かれている現状等を分析し、実態に即した事業計画を記載してください。他社の事業計画をコピーしたり、他社にコピーされないようご注意ください。
応募制限
その他
募集要項参照
応募方法
提出については、郵送又は電子申請とします。郵送の提出先は補助事業の主たる実施場所に所在する地域事務局となります。提出先を誤ると受付できない可能性がありますので、お間違いのないようご注意ください。また、電子申請を利用される方については、採択決定後、速やかに原本を提出してください。
選考方法
外部有識者等により構成される採択審査委員会において審査を行います。
決定時期
10月中を目処に採択公表を行う予定です。
助成金額
助成金総額:
1件あたりの上限額: 10,000,000円
昨年度実績
昨年度実績なし

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Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 10:15Comments(0)助成金・公募情報

2018年08月16日

【地域づくりと宮崎101人】⑫関月尼(かんげつに)

こんにちは!
みやざきNPO・協働支援センターの大岐です!

当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、
宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!

関月尼(かんげつに)1823~1885


●恋に生き諸芸伝える
 ふみだにもあやうかせばをもひのみ
  深谷川のくち丸木ばし

 関月尼の歌である。手紙をもってしても確信がもてないので、私はもの思いにふけるのみ、それはちょうど朽ちた丸木橋のようなものと詠んだのであろう。恋多き尼僧の心の内を吐き出した1首。
 尼僧の本名は小山せき。延岡市千光寺の過去帳には小山関子とある。出生は大坂、天保の飢饉(ききん)の際ほう起した大塩平八郎の娘と伝えられる。
 母は遠島、生活も苦しく、せきは若くして出家したというが、真相は謎(なぞ)につつまれている。たまたま京都の寺で修行中の僧・恵等(えとう)と相知り、2人は情熱断ち難い関係に陥った。
 こうなると“恋の道ゆき”、2人は長崎を経て延岡へ。恵等40歳に近く、関月20歳をすぎた年齢であった。はじめ別々に暮らしたが、島野浦神聚寺(じんじゅじ)に入り同せい、土地の人々に愛された。尼僧は“おせきさん”と呼ばれ、生花・茶道・三味線・琴などを教えた。
 ところが、恵等が島の娘“お房”と仲良くなり、関月尼は島を離れ延岡の東海(とうみ)の常楽院に入った。運命の皮肉であろうか、ここで船問屋の伝五郎と再婚。この暮らしも5、6年しか続かず、やがて延岡誓敬寺の食客となった。柴田家の3畳間を借り、和歌、鼓など諸芸を教えた。この間、2度ほど上京、歌道の師太田垣蓬月(おおたがきれんげつ)に会いに行ったという。
 やがて延岡の祝子(ほうり)の千光幸恵照の妻となり、ここで63歳の波乱にみちた生涯を閉じた。(山口 保明)

◎西南の役と関月尼
 1877(明治10)年、西南の役が起こり、多くの青年が戦いに散った。10代から20歳代の未亡人ができ、のっぴきならぬ社会問題となった。鹿児島県は未亡人の再教育のために、関月尼に自羽の矢をたてた。
 これに応えた関月尼は、翌年の春、束髪を落とし黒染めの衣に身を包み、馬上の人となった。当時19歳の甲斐もん、17歳の柴田きく、白石ときの3人は延岡の伊形(いがた)の松並木に師を待ちうけ、しばしの別れを惜しんだという。
 鹿児島で技芸教育を施すこと2年、千光寺に戻った関月尼は疲れが出たのか、臥しがちであった。それでも経典などを書写し、曹洞宗台雲寺(だいうんじ)末40カ寺に献納、気分のよい日は教え子たちと談笑した。
 関月尼の歩みが残した民衆への啓蒙(けいもう)活動は、語り草となって伝わっている。
 きのふありて今日はなき身と
  消えゆくも 残るも同じ道芝の露

大岐ちゃんメモ
関月尼の墓→延岡市千光寺にあります。  


Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 09:59Comments(0)宮崎の偉人

2018年08月10日

【地域づくりと宮崎101人】⑪三好 退蔵(みよし たいぞう)

こんにちは!
みやざきNPO・協働支援センターの大岐です!

当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、
宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!

⑪三好 退蔵(みよし たいぞう)1845~1908


●明治の法曹界の代表格
 高鍋藩士の家に生まれ、8歳で明倫堂教授日高耳水に学んだ。その後上京して安井息軒の門下生となり、明治維新に際しては藩主を補佐し、1869(明治2)年には政府の行政官となった。
翌年には高鍋藩の少参事となり、廃藩置県後は秋月種樹の援助で1,000ドルをもってロンドンに遊学した。退蔵の国際的な感覚と判断力は、ヨーロッパ遊学のなかで身につけたものである。帰国後司法省の判事となり、1877(同10)年の西南戦争では大審院の判事として状況を視察した。

 その後、横浜裁判所長や司法大書記官を経て1882(同15)年には伊藤博文の憲法調査のためヨーロッパに随行。司法制度調査にあたること3年、帰国後は司法次官となる。3度目のヨーロッパ遊学中の88(同21)年、大審院検事総長に任命され、6年余務めた。その間、ロシア皇太子への傷害事件が大津で発生した。この事件ではどの法律を用するかが問題となった。政府部内では、皇室に対する罰則を適用し、犯人の死刑に傾いた。

 しかし、退蔵は検事総長ながら、児島惟謙(これかた)大審院長(今で言えば最高裁判所長官に当たる)と連絡を取りながら、司法大臣に法の国際的常識を進言した。その結果、犯人は無期懲役となり無事難局を切り抜けた。93(同26)年には大審院長となり3年7カ月務めた。この後、在野の弁護士となり、さらに東京弁護士会長に推された。その間、足尾鉱毒問題がおこり、控訴審では民衆請願の正しいことや鉱毒問題の根本的解決を求めるなど、住民側に立つ堂々の弁論を展開した。退蔵は儒学的な教養とヨーロッパ流の近代的教養を身に付けた敬けんなキリスト教信仰者であった。郷里高鍋にも思いをはせ、慈善事業や後輩の指導にも関心を寄せた。(徳永 孝一)

◎西洋式生活
 退蔵は1888(同21)年の3回目のヨーロッパ遊学に際し、自宅を売り払った8,000円を費用にあて、すよ子夫人とともに出発した。夫妻がパリに到着すると夫人が2女を出産。アジア、アフリカ、ヨーロッパを経由して生まれたので、三洲子(みすこ)と名付けた。さらにベルリン滞在中にも3女が生まれ、リン子と名付けている。いかにも退蔵らしい命名であった。一方、帰国後も生活の中にヨーロッパ方式を取り入れた。ところが母はストーブよりこたつを好み、夫人はいすより席座を便利とした。あこがれの西洋式生活は崩れ去ったが、世界に思いをはせた退蔵と現実の家庭生活がしのばれる。

出典:みやざきの101人

大岐ちゃんメモ
・高鍋町舞鶴公園内に萬歳亭あり。これは三好退蔵の住家を移築したものです。
  


Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 16:40Comments(0)宮崎の偉人

2018年08月10日

【助成金・公募情報】~Donate a Photo支援プログラム~

【助成金・公募情報】~Donate a Photo支援プログラム~


助成制度名
Donate a Photo支援プログラム
実施団体
ジョンソン・エンド・ジョンソン社会貢献委員会
関連URL
http://www.jjcc.gr.jp/notice/donateaphoto.html
お問い合わせ先
ジョンソン・エンド・ジョンソン社会貢献委員会
電話番号:03-4411-6720
e-mail: RA-MEDJPTO-JJCCJP@its.jnj.com
募集時期
2018年8月1日~2018年9月18日
対象分野
まちづくり、災害救援、子どもの健全育成
対象事業
事業プロジェクト

内容/対象
ジョンソン・エンド・ジョンソン社会貢献委員会(以下JJCC)では2016年1月4日より“気軽に社会貢献が出来る無料のモバイル・アプリ「Donate a Photo」”を開始いたしました。「Donate a Photo」とは1日1枚アプリから写真を投稿すると写真1枚につき1ドルをジョンソン・エンド・ジョンソンが投稿者のかわりに非営利団体およびその団体が運営している支援プログラムへ寄付をするというアプリです。

【Donate a Photoを行うことになった経緯】
ジョンソン・エンド・ジョンソンの企業活動の拠り所である『我が信条』では、すべての顧客、全社員への責任に 次いで第三の責任として”地域社会の発展に貢献することへの責任”が掲げられています。そのためにより良い社会を目指して活動する非営利団体の皆さんのパートナーとして、我々に何が出来るかを日々考えています。より良い社会の実現には、社会を構成するすべての人々が社会貢献活動に何かの形で参画することが当たり前の社会となることが重要であると考え、若者やスマートフォンユーザーを巻き込みながら地域社会にへ貢献するためのツールとして, Donate a Photoをスタートしました。

【日本での取組に込める想い】
ジョンソン・エンド・ジョンソンはDonate a Photoを通して、サポートを必要とするプログラムに対する関心をさらに高め、また人々の意識を非営利団体の活動につなげたい。さらにはすべての人がより大きな影響をもたらす手助けをしたいと考えています。 2014年にアメリカで、その後イギリスでも展開し、2016年1月に世界で3番目の国として日本でもスタートしたこのDonate a Photoの取組について、日本のジョンソン・エンド・ジョンソンでは特に「女性、子ども、東日本大震災復興支援」を優先的取り組み領域としています。このアプリを通じて、支援を必要とする方に少しでも追加で必要な支援を届ける事、また、多くの方が社会問題を知り、写真を投稿することで社会貢献活動の第一歩を踏み出すきっかけになればと考えています。

【募集概要】
2019年度について、以下のとおり支援プログラムを募集します。支援プログラムは支援期間に獲得した写真の枚数1枚につき1USドル、上限10,000枚としてジョンソン・エンド・ジョンソンから寄付金を受け取ることができます。
(例:2018年1月-6月末の支援期間に8930枚の写真が投稿された場合は、8930USドルを寄付として受け取り)

支援対象:以下の課題に取り組む非営利団体(NPO等)が運営するプログラム
① 子どもへの虐待やいじめ(例:子どもの心のケア) 
② ひとり親家庭の精神的困難(例:精神的ストレス軽減につながるセミナー開催)
③ 被災者の孤立化(例:コミュニティ形成)

【支援の条件】
支援期間は6か月間(目標枚数が達成した場合はその時点で終了)。寄付金の額は、支援期間中の掲載写真の枚数に1USドルを乗じた額とします。なお、掲載写真の枚数にかかわらず、寄付金の最低額は、3,000USドルとし、また、掲載写真が規定の枚数を超えた場合であっても、寄付金の上限額は10,000USドルです。※寄付金支払時の為替レートに基づき日本円に換算しての寄付となります。
応募制限
法人格の有無、その他
1. NPO法人、財団法人、社会福祉法人、協同組合、社団法人など、非営利活動や公益事業の実施を目的とした法人格を有する団体であること
- 営利団体、地方自治体、個人活動家などは対象外
2. 申請案件と関連する分野での活動実績が1年以上あること
3. ジョンソン・エンド・ジョンソングループの製品の使用に影響を与える立場の公務員、およびその親類と、実質的なつながりがないこと
応募方法
申請書類を記入後、メールにて提出
選考方法
締切り後、弊社社会貢献委員会にて審査をさせて頂きます。
決定時期
ご応募くださった団体には、10月18日(木)以降に、支援先選定結果のご連絡をさしあげます。

1件あたりの上限額: なし
昨年度実績
昨年度実績なし

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Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 14:38Comments(0)助成金・公募情報

2018年08月03日

【助成金・公募情報】~花王・みんなの森づくり活動助成~

【助成金・公募情報】~花王・みんなの森づくり活動助成~

助成制度名
花王・みんなの森づくり活動助成
実施団体
花王株式会社/(公財)都市緑化機構
関連URL
https://urbangreen.or.jp/info-grant/kao/minmori2018_boshu
お問い合わせ先
公益財団法人 都市緑化機構
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3-2-4田村ビル2階
TEL 03-5216-7191(代表) FAX 03-5216-7195
e-mail :midori.infoug_address_aturbangreen.or.jp
(※スパムメール対策のため、ug_address_atマークは画像になっています。ご利用の際は手入力してください。)

募集時期
2018年8月1日~2018年10月14日

内容/対象
緑豊かな環境を次の世代の子どもたちに引き継ぎ、緑との触れ合いを通して、子どもたちの豊かな心を育んでいくため、身近な緑を守り育てる活動と、子どもたちが緑と触れ合う機会を創出する活動に取り組む市民団体を応援します

公益財団法人都市緑化機構(東京都千代田区神田神保町3-2-4 会長 矢野龍)は、花王株式会社との共催により実施する「2018年 花王・みんなの森づくり活動助成」への募集を8月1日(火)より開始いたしました。

本助成は、次の世代の子どもたちに緑豊かな環境を継承することを目的に、市民による緑を守り育てる活動を支援するものとして2000年から実施しています。

緑や自然との触れ合いは、子どもたちの豊かな心を育み、人々に安らぎを与えてくれます。より良い環境を引き継いでいくためには、緑豊かな環境づくりと、それを育む人づくりの両面、そしてそれらの活動を長期的に続けていくことが大切であると考えます。

3年間継続して活動を支援します

本助成では、持続可能な森づくり活動、緑を守り育てる人づくり活動、花と緑のコミュニティづくり活動、植生回復等生物多様性に資する活動等、身近な緑を守り育てる様々な活動に取組むNPOや市民活動団体を3年間にわたり支援してまいります。

対象団体
国内で身近な緑を守り育てる活動(持続可能な森づくり活動、緑を守り育てる人づくり活動、花と緑のコミュニティづくり活動、植生回復等生物多様性に資する活動、等)に取組む団体(NPO,市民活動団体,自治会等)

助成期間
2019年3月~2022年3月までの3年間

支援内容と団体数
森づくり活動と環境教育活動に要する費用を対象として、
1・2年目各50万円、3年目25万円を上限に助成(15~20 団体を採択予定)

応募制限
その他
身近な緑を守り育てる活動、身近な緑の大切さを次世代に伝える活動に取組んでいる団体
任意の市民団体、NPO、町内会・自治会、学校などを 対象とします。
公共団体や営利を目的とした団体は対象に含みません。
指定管理業務を担っているNPOの場合、指定管理業務の内容は助成申請できません。

応募方法
所定の申請用紙に必要事項を記入し、活動場所位置図及び活動場所現況写真の他、必要な資料を添えて、事務局にご送付下さい。

選考方法
学識経験者等で構成する選考委員会において書類選考を行います。

決定時期
結果通知 2月上旬

助成金額
1件あたりの上限額: 500,000円

関連URL
https://urbangreen.or.jp/info-grant/kao/minmori2018_boshu

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Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 12:55Comments(0)助成金・公募情報

2018年08月01日

【助成金・公募情報】~第 12 回 未来を強くする子育てプロジェクト~

【助成金・公募情報】第 12 回 未来を強くする子育てプロジェクト

子育て支援活動の表彰 募集要項



1.趣旨

より良い子育て環境づくりに取り組む個人・団体を募集します。各地域の参考になる特徴的な子育て支援活動を社会に広く紹介し、他地域への普及を促すことで、子育て環境を整備し、子育て不安を払拭することを目的としています。



2.対象

より良い子育て環境づくりに資する活動を行い、成果を上げている個人・団体(規模は問いませんが、次の要件を満たすことが必要)を対象とします。



3.要件

①子育て支援に資する諸活動を継続的に行っていること。

②活動内容が社会に認められ、ロールモデルとなりうるものであること。

③活動の公表を了承していただける個人・団体であること。

④日本国内で活動している個人・団体であること。

⑤受賞時に、団体名・連絡先、代表者等の氏名(本名)、活動の写真、活動内容等を、新聞・雑誌、インターネット等での公表にご協力いただける方。マスコミなどからの取材にご協力いただける方。



4.応募方法

web サイトより応募用紙をダウンロードし基本情報をご記入の上、必要資料と一緒にお送りください。



①応募用紙の記入事項

1. 活動を始めた経緯(200 字程度)

2. 活動を始めた時期、活動期間

3. スタッフ数

4. 利用者数

5. 団体全体の年間事業収入内訳

6. 活動の特徴(200 字程度)

7. 活動地域における子育て環境の課題(200 字程度)

8. 具体的な活動内容(200 字程度)

9. 現在の成果(200 字程度)

10. 副賞で実現したいこと(200 字程度)

11. 過去の受賞歴

12. 推薦書(1 名)

②必要資料

1. 活動風景の写真

2. その他の活動内容がわかる資料(パンフレットなど)

※写真には、裏面に応募者名・団体名、活動状況などをご記入ください。

資料類は角 2 版封筒(A4 版が入る大きさ)に入る程度の量とします。



5.選考

事務局による選考の後、「未来を強くする子育てプロジェクト」選考委員による選考会を経て、受賞者・団体を決定します。



6.選考委員

選考委員長 汐見 稔幸 [東京大学名誉教授、日本保育学会会長]

選考委員 大日向 雅美 [恵泉女学園大学学長]

奥山 千鶴子 [特定非営利活動法人びーのびーの理事長]

米田 佐知子 [子どもの未来サポートオフィス代表]

以上五十音順

古河 久人 [住友生命保険相互会社 執行役常務]



7.発表

受賞者は、2019 年 3 月に都内で実施予定の表彰式および「未来を強くする子育てプロジェクト」の web サイト等で発表します。受賞者には 2019 年 1 月末までに直接ご連絡します。



8.表彰

◎文部科学大臣賞/表彰状 ※スミセイ未来大賞の 1 組に授与

◎厚生労働大臣賞/表彰状 ※スミセイ未来大賞の 1 組に授与

◎スミセイ未来大賞/表彰盾、副賞 100 万円 ※2 組程度

◎スミセイ未来賞/表彰盾、副賞 50 万円 ※10 組程度



9.募集期間

2018 年 7 月 9 日(月)~ 2018 年 9 月 7 日(金)必着



10.注意事項

①ご提出いただいた資料類は返却いたしませんのであらかじめご了承ください。

②選考に関するお問合せには応じられませんのでご了承ください。

③受賞された場合、原則として、2019年10月頃に近況報告をご提出いただきますのでご了承ください。



11.個人情報の取扱い

応募者の個人情報は、審査および運営に必要な範囲内で利用し、第三者へ提供することは一切ありません。応募者の同意なく、利用目的の範囲を越えて利用することはありません。



12.宛先・お問合せ先

「未来を強くする子育てプロジェクト」事務局

〒102-0072 東京都千代田区飯田橋 2-14-7 光ビル

電話:03-3265-2283(平日 10:00~17:30)


詳細:http://www.sumitomolife.co.jp/about/csr/community/mirai_child/

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タグ :助成金公募


Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 13:15Comments(0)助成金・公募情報

2018年07月31日

【地域づくりと宮崎101人】⑩三島 通庸(みしま みちつね)

こんにちは!
みやざきNPO・協働支援センターの大岐です!

当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、
宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!

三島 通庸(みしま みちつね) 1835~1888

●庄内・三股地域繁栄に尽くした
 旧薩摩藩士。幕末動乱期の寺田屋事件にもかかわり、戊辰(ぼしん)戦争では各地を転戦した。1869(明治2)年に旧都城領主島津元丸は鹿児島へ移住し、代わって同年9月に三島が都城地頭に抜てきされて着任、広小路の商家を役宅とした。
 しかし旧領主を慕う領民が排斥したために、彼はわずか24日で鹿児島に引き揚げ、都城地域の調査研究に力を注ぎ、三郷分割と農耕地を総割換えする大御支配の2大方針を画策した。

 三郷分割は、山田・西岳など10カ村を上荘内郷、郡元・安久など15カ村を下荘内郷、石寺村を梶山郷とし、同年11月に知藩事から布告させた。さらに翌年3月には下荘内郷のうち5カ村を割き梶山郷に編入、9月に梶山郷・勝同郷を併合して下三俣郷と称し、改めて三島は上荘内・下三俣両郷の地頭となった。
 大御支配は、1年4カ月をかけて綿密に調査し、各戸に田2反2畝・畑3反1畝25歩を配分した。
 三島は、安永村(現都城市庄内町)を中心に建設手腕を振るい、71(明治4)年11月鹿児島へ帰るまでの間に地頭として両郷の経営に尽力した。注目される業績としては住宅街地の建設、鹿児島などから商人を集めての町づくり、高岡・国分・都城・小林に通じる道路や安永川の堤防修築、母智丘神社の建立、そのほか産業・教育・兵制の整備などが挙げられる。
 地域の人々は彼の業績をたたえ、1909(明治42)年に顕彰碑を庄内小学校内に建てている。三島はその後、各県の県令や警視総監としても活躍した。特に福島県令であった82(明治15)年会津道路開削をめぐって県会と激しく争った事件は有名である。(藤井 美智雄)

◎新任地頭の門標斬り事件
 版籍奉還の後、旧薩摩藩主であった島津忠義は知藩事となり、政府の施策にもとづいて藩政改革を行った。
 旧来私領として分知していた地域を直轄地に入れて、新たに地頭を置いた。都城も同様に、三島通庸が地頭として済陽(わたよう)という商家屋敷に着いた。その門柱には幅6寸、長さ5尺の「地頭標札」が掲げられた。彼は赴任にあたり、都城開発を期していたが、意外に住民の多くは歓迎せず、むしろ冷淡であった。学者の高野安恒は名文をつづって「旧主元丸を地頭に」と切々と訴えたが、三島はこれを無視した。
 そのようなときに1869(明治2)年9月11日の夜半、地頭役宅の大きな門標札を何者かが切り、溝に投げ捨てた。
 翌日徹底的に取り調べたが、ついに要領を得なかった。一説には、三島地頭自ら門標を破壊して、憤まんを晴らしたといううわさもあった。

大岐ちゃんメモ
三島通庸は全国で活躍したそうです。栃木県では三島神社という三島通庸が祭神となっている神社があります。
三島神社(栃木県那須塩原市三島5-336-5)
2019年の大河ドラマ「いだてん(韋駄天)」にて俳優の生田斗真さんが三島通庸の息子三島弥彦を演じるそうです。
ネタバレするといけないので興味ある方はググってみてください。






  
タグ :宮崎歴史


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2018年07月30日

【地域づくりと宮崎101人】⑨小林 乾一郎(こばやし けんいちろう)

こんにちは!
みやざきNPO・協働支援センターの大岐です!

当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、
宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!

⑨小林 乾一郎 1845~1929

●県北の民有林を守る
 延岡藩士の家に生まれ、藩校で学んだ。19歳のとき藩費留学生として長崎に遊学し、漢学・英語を学び、砲術の修得も目指した。1869(明治2)年にも留学生として東京の大学南校(東京大学の前身)に学び、後、横浜修文館の英語教師となる。
そこで陸奥宗光や星享(ほしとおる)を知る。1873(同6)年になると地元から請われて帰郷し、「延岡社学」(同8年に私立亮天社と改称)の英語教師となる。
以来6年間、青年・女子教育を推進した。その間におこった西南戦争では、順逆をただす手紙を県令大山綱良に送った。
折からの自由民権運動の広がりの中で彼は考えるところがあり、亮天社をやめて政治家を志した。1881(同14)年には星のすすめで自由党に入り、全国各地の大会にも参加した。

 そのころ民有林国有化の動きがあり、このことを察知した彼は1885(同18)年、反対運動の先頭に立って、県北民有林の確保のために奔走した。翌年には宮崎県会議員に当選し、同志5人で「宮崎自由党」を組織した。27人の定数では少数からの出発であり常に多数の圧迫を受けたが、しだいに同志も増え副議長を経て、1890(同23)年から2年間議長を務めた。
小林は県会では川越進と並ぶ名議長として名高い。県議を6年務めた後、1892(同25)年には衆議院議員に当選し、以来10年余中央政界で活躍した。その後1899(同32)年から旧藩主内藤家の顧問となり、同家が主導し進展させてきた教育に再度携わり、さらに日平(ひびら)銅山(現北方町)の経営に笠原鷲太郎を招くなど県北の発展に尽くした。天外と号し、漢詩や書画に親しみ梅の絵を得意とした。(徳永 孝一)

◎民衆の先頭に立つ
 1882(明治15)年に内務省から官林を引き継いだ農商務省山林局は、台帳のなかに、官・民両有のものがあることを見つけ再調査を始めた。調査は、旧来の住民の慣行や林業者の生活まで配慮せず、強引に官林に編入したので、多くの山林地主が不満を持った。
旧延岡藩の民有林は、1880(同13)年には正式な民有林に認められていた。
この権力的なやり方に憤りを感じた小林は1885(同18)年、臼杵郡の民有林を守るため、県議の説得や田辺山林局長(元宮崎県知事)への面会を行ったものの、情勢は不利となり、そのため臼杵地方は物情騒然となった。たまたま農商務大臣の更迭があり、政府も願いをききいれたので、運動の目的が達成された。

出典:みやざきの101人

大岐ちゃんメモ
現在では小林乾一郎が国有化から守った森林を、大切にしていこうという活動が行われています。
延岡市愛宕山の山頂に小林乾一郎の胸像が奉られています。
  


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2018年07月27日

【助成金・公募情報】~音楽活動への助成~

音楽活動への助成

実施団体
(公財)ローム ミュージック ファンデーション
関連URL
https://micro.rohm.com/jp/rmf/recruitment/index.html#start_area
お問い合わせ先
〒615-0044 京都市右京区西院西中水町1
公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション
TEL(075)311-7710 FAX(075)311-0089
E-mail アドレス : rmf@rohm.co.jp

募集時期
2018年7月1日~2018年11月9日
対象分野
学術・文化・芸術・スポーツ
対象事業
調査・研究、事業プロジェクト
内容/対象
公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーションは、音楽文化の普及と発展のために毎年継続している、「音楽活動への助成と奨学援助」の2019年度分の募集を開始しました。
1991年の財団設立から現在までに、音楽活動への助成を2,130件(約17億9,421万円)、奨学生464名(約27億4,671万円)に支援しています。

音楽活動への助成

(対象期間:2019年4月1日~2020年3月31日)

(1)音楽に関する公演 他
独奏、室内楽の公演やオーケストラ、オペラの公演 他の開催に対する助成

(2)音楽に関する研究
音楽分野における調査・研究等に対する助成
応募制限
なし
応募方法
必要な提出書類をまとめて郵送
選考方法
非記載
決定時期
2019年3月末 書面にて連絡予定

助成金額
1件あたりの上限額: 2,500,000円
昨年度実績
応募件数:0件 / うち継続 - 件
助成件数:94件 / うち継続 - 件
助成金総額:55,990,000円 / うち継続 - 円

これまでの助成金情報はこちら  
タグ :助成金公募


Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 10:31Comments(0)助成金・公募情報

2018年07月23日

【地域づくりと宮崎101人】⑧秋月 種樹(あきづき たねたつ)

こんにちは!
みやざきNPO・協働支援センターの大岐です!

当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、
宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!
⑧秋月 種樹(あきづき たねたつ)1846~1877

●明治維新の大業貢献
 時は文久2(1862)年師走のこと、種樹が幕府の学問所奉行に任命されたとの一報が高鍋城下に届いた。教育の改草は幕政の急務であり、代々の林家に代わって学問所を取り仕切ることになった。小藩出身、29歳の若さでの抜てきは異例であった。それほどまでに種樹の学問は、世に評価されていたのである。

 それもそのはず、彼は当時の最も優れた儒学者・安井息軒や塩谷宕陰(しおのやとういん)らに学び、小笠原明山(唐津藩)・本田静山(田中藩)とともに、学問界の“三公子”と称され知られていたのである。この頃、種樹は楽山(らくざん)と号した。

 彼は昌平黌(しょうへいこう)教授に、かつての恩師、息軒・宕陰・芳野金陵(当時、三博士と称えられた)を迎え、改革の第1歩を踏み出した。翌文久3年には若年寄格となり、将軍徳川家茂(いえもち)の侍読を兼ねた。これまた、外様(とざま)大名の一子としては、前代未聞のことであった。

 徳川慶喜(よしのぶ)が大政を奉還して間もなく、彼は明治政府の参与となり、明治天皇の侍読となって学問を講義した。さらに公議所議長を務め、版籍奉還、廃藩置県など維新の大業成就に尽力した。1869(明治2)年に大学大監の命を受け、翌年には大学校・小学校規則を発布、今日の学校制度の礎(いしずえ)を築いた。1882(明治15年)年、高鍋に戻り10年間千歳亭(せんざいてい)に悠々自適の生活を送った。のち病を得て高木兼寛の勧めにより、神東川県片瀬に転地療養、ここが終えんの地となった。行年、72歳であった。(山口 保明)


◎すべてに通じた風流人
 種樹は雅号を千歳叟(そう)・古香などと称した。種樹を診療したこともある眼科医杉田作郎は、「貴人(あてびと)を誘ひ出しけり夏の月」の一句を種樹に届けた。

 すると古香名の朱筆で、「私などコンナお客を待っているや久し。一向来てくれぬので閉口しています。チトお誘いを待つ」といったユーモアたっぷりの句評。

 1895(明治28)年、杉田が眼科修業に上京するとき、種樹は、「埋木になるな錦を着た紅葉」の一句を贈り激励した。
 杉田は種樹について「公的な偉さを別にして、すぐれた学者であり、極めて庶民的な文化人であったことや、画家としても詩人・俳人としても一流の人であったことの方がわたしには大変興味がある」(「直翁夜話」)と語っている。種樹の風雅人としての面目躍如、人間の大きさが伝わってくる。

出典宮崎の101人:https://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/seikatu/miyazaki101/hito/index.html

大岐ちゃんメモ
書や絵画を多く残しているらしく、宮崎にも多く残しているそうです。
秋月種樹ゆかりの地として
・萬歳亭はなれ(秋月種樹公の住宅)宮崎県児湯郡高鍋町大字南高鍋6937-2(舞鶴公園内)
・高鍋町歴史総合資料館:宮崎県児湯郡高鍋町大字南高鍋6937-2(舞鶴公園内)  


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2018年07月20日

【助成金・公募情報】~平成30年度「クラウドファンディング型まちづくりファンド」に係る募集~

平成30年度「クラウドファンディング型まちづくりファンド」に係る募集
実施団体
(一財)民間都市開発推進機構
関連URL
http://www.minto.or.jp/products/fund_rec.html
お問い合わせ先
一般財団法人 民間都市開発推進機構 企画部 
担当:三本(みもと)、栗原
TEL : 03-5546-0797
E-mail : kikakubu@minto.or.jp


募集時期:随時
対象分野:まちづくり、その他
対象事業:調査・研究、事業プロジェクト、施設・設備、その他
内容/対象
◎クラウドファンディングとは
クラウドファンディングとは、インターネット上で自分の活動を発信することで、共感し、応援してくれる仲間(支援者)を募り、お金を集めることができる仕組みです。

◎クラウドファンディング活用型まちづくりファンド支援業務とは
クラウドファンディング等を通じて広く個人等の賛同を頂ける魅力的な「住民等によるまちづくり事業」を支援します。
① 地方公共団体と MINTO 機構の資金拠出によりまちづくりファンドを組成します。
② まちづくり事業者(住民等)はクラウドファンディング※1,2により個人等から資金提供を受けていただきます。
③ クラウドファンディングで、調達目標額の1/2以上調達できた場合、原則としてその残額を助成することができます。
※1寄付型・購入型に限る。
※2まちづくり会社等(公共団体を除く)が、まちづくり事業者に代わり、クラウドファンディングを実施することも可能。

◎制度の特徴
○ まちづくりファンド(基金)の新設・既設は問いません。
○ まちづくりに資するハード事業であれば、幅広く助成の対象となります。
(ハード事業と一体となるソフト事業も助成等の対象となります。)
○ MINTO 機構の拠出金は、拠出した年度に限らず数年間にわたって活用できます。
○ MINTO 機構の拠出金は、原則として返済の必要はありません。
○ まちづくり事業者が行うクラウドファンディング実施のためのホームページ作成等の事務に対し
てコンサルティング等の支援をお考えの場合はご相談ください。


◎まちづくりファンドへの支援の内容
MINTO 機構の拠出金額の限度は、次の①~③のうち最も少ない金額となります。
① まちづくりファンドの規模、助成の対象等を考慮し、最大1億円まで
② 当該まちづくりファンドに対する地方公共団体の拠出金額※
③ 当該まちづくりファンド総資産額(MINTO 機構拠出分を含む)の1/2
※応募の時点では拠出予定で構いません

◎まちづくりファンドからまちづくり事業への助成等の条件
● まちづくり事業を行う者がクラウドファンディングの実施に際して設定する調達目標額が、自己資金の充当額等を勘案して、当該事業の総事業費を確保するために必要な水準に設定されていること。
● クラウドファンディングによる調達額が、調達目標額の1/2以上であること。
● クラウドファンディングで、調達目標額の1/2以上調達できた場合、原則としてその残額を助成することができます。
応募制限
法人格の有無、その他
・ 地方公共団体が設置する基金
・ 公益法人(公益財団法人又は公益社団法人)
・ 公益信託
・ 市町村長が指定する NPO 等の非営利法人※1
・ 指定まちづくり会社※2
・ 復興まちづくり会社※3
なお、MINTO 機構からの資金拠出時には、ファンド組成されている必要がありますが、応募される時点では、ファンド組成は予定で構いません。
※1:市町村長が指定する NPO 等の非営利法人とは、都市再生推進法人、中心市街地整備推進機構、景観整備機構、防災街区整備推進機構、緑地保全・緑化推進法人等として指定された非営利法人をいいます。
※2:指定まちづくり会社とは、都市再生推進法人として指定されたまちづくりの推進を図る活動を行うことを目的とする会社です。
※3:復興まちづくり会社とは、別に定める要件に適合するものをいいます。(特定被災地方公共団体である市町村関連)
応募方法
応募については随時受付いたしますので、「まちづくりファンド」への資金拠出を受けようとする
方は、募集要項に記載の提出書類を(一財)民間都市開発推進機構まで送付してください。
選考方法
お申し込みいただいたまちづくりファンドに対し、MINTO 機構に設置するまちづくりファンド選定委員会の議を経て、支援の対象となるまちづくりファンドを決定します。まちづくりファンド選定委員会※においてまちづくり事業に対する様々なアドバイスを受けられ、まちづくりの参考としていただけます。※選定委員会メンバーはまちづくりの有識者により構成されています。
決定時期
資金拠出申請者に選考結果を通知いたします。
助成金額
1件あたりの上限額: 100,000,000円


☆これまでの助成金はこちら  


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2018年07月13日

【助成金・公募情報】~第21回(2019年)「日本水大賞」~

助成制度名:第21回(2019年)「日本水大賞」

実施団体:公益社団法人 河川財団
お問い合わせ先:公益社団法人 日本河川協会
〒102-0083 東京都千代田区麹町2-6-5 麹町E.C.Kビル3階
TEL 03-3238-9771 FAX 03-3288-2426
URL http://www.japanriver.or.jp/taisyo/ E-mail:taisyo@japanriver.or.jp
担当 上田(平日9:15~17:30)
募集ステータス:募集中
募集時期:2018年7月7日~2018年10月31日
対象分野:まちづくり、環境保全、子どもの健全育成
対象事業:調査・研究、事業プロジェクト
内容/対象
◎対象範囲
(1)対象となる活動分野
水循環系の健全化や水災害に対する安全性の向上に寄与すると考えられる活動で、以下のような
分野における諸活動(研究、技術開発を含む)を対象とします。
① 水防災:例えば、以下の視点などから実施される諸活動
・防災教育を活動地域や学校等で行っている
・水災害に対する安全性の向上に資する技術を開発し、普及する(ハイテク機器、文化財、ライフ
ライン等を水災害から守る)
・雨をためる、しみこませる、ゆっくり流す
・河川の伝統的技術や災害体験の継承等啓発・普及
②水資源:例えば、以下の視点などから実施される諸活動
・水を大切にする
・山や川などの水源地を大切にする
・水の様々な役割(農業用水、工業用水、水道用水)
③水環境:例えば、以下の視点などから実施される諸活動
・川や湖沼、海などの水をきれいにする
・水辺の生き物やそのすみかを大切にする
・水辺や水のある地域づくり
・水にかかわる体験活動、環境学習
④水文化:例えば、以下の視点などから実施される諸活動
・水や川や湖沼、海などに対する敬意と親愛を高める
・水や川や湖沼、海などの文化を創ったり広めたりする(芸術、文学を含む)
・地域における水文化を発掘したり普及する
⑤復興:上記の①から④に該当する諸活動のうち、地域の復興の視点から実施されるもの
*その他、上記に関係する国際的な連携・技術協力・学会活動
*日本ストックホルム青少年水大賞への応募については、上記に関係する調査研究および調査研究に
もとづいた実践的活動(詳細は「日本ストックホルム青少年水大賞募集要項」参照)

(2)対象となる活動主体
水循環系の健全化に寄与すると考えられる活動で、以下のような方々が実施する諸活動を対象と
します。なお、個人、法人、グループの種別、年齢、職業、性別、国籍等を問いません。
①学校
・小学校における川や水をテーマにした総合的な学習やクラブ活動など
・中学校、高等学校における全校的な社会的活動やクラブ活動など
なお、高等学校または同等の学校で、「日本ストックホルム青少年水大賞」に応募する場合は、
「日本ストックホルム青少年水大賞募集要項」による(日本水大賞は活動重視、日本ストックホ
ルム青少年水大賞は研究重視となります)
・大学、専門学校などにおける研究や技術開発は、その成果が実社会に導入され効果をあげている
もの、または市民活動へ還元するものを対象とし、いわゆる純粋な学術研究にとどまっているも
のは除く
②企業
・企業が行う生産過程などにおける環境対策、社会や地域への貢献活動、技術や装置などに関
するビジネス活動や製品・サービスを通じた社会貢献並びに国際貢献に特に優れた実績を上
げたもの
③団体
・NPOなど民間で組織する団体または法人が行う活動など
④個人
・個人が主体で行っていると認められる研究や技術開発、文化活動または節水、水質保全のための
生活改善運動などの諸活動
⑤行政
・地方自治体の市民連携活動および政策や制度など
・水防団、消防団などで行う活動など
応募制限
その他
水循環系の健全化に寄与すると考えられる活動で、以下のような方々が実施する諸活動を対象とします。なお、個人、法人、グループの種別、年齢、職業、性別、国籍等を問いません。
①学校
②企業
③団体
④個人
⑤行政
応募方法
応募用紙(3枚)に必要事項をご記入の上、応募用紙および添付資料を送付または持参してください。
選考方法
日本水大賞委員会の下に、賞を選考するために審査部会を設置し、表彰対象となる活動を審査し、最終的には日本水大賞委員会が決定します。
決定時期
審査の結果は、2019年4月頃までに公益社団法人日本河川協会のホームページで公表する予定
です。また、入賞者には個別にご連絡いたします。原則として入賞者以外の方に個別に連絡はいたし
ません。
助成金額
助成金総額:
1件あたりの上限額: 2,000,000円
☆詳細はhttp://www.japanriver.or.jp/taisyo/index.htmまで
☆これまでの助成金・公募情報はhttp://ksc.miyachan.cc/c18904.html  


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2018年07月12日

【地域づくりと宮崎101人】⑦島津 啓次郎(しまづ けいじろう)

こんにちは!
みやざきNPO・協働支援センターの大岐です!

当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、
宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!

⑦島津 啓次郎(しまづ けいじろう)1846~1877

●米国帰りの悲劇の俊才
 旧佐土原藩主の子で、佐土原に生まれた。3歳で寺社奉行町田宗七郎の養子となったが、1873(明治6)年の留学中、修学資格の変更で元の島津に戻った。10歳になると鹿児島に遊学、翌年には東京の勝海舟の塾に入って、世界へ眼を開くきっかけを与えられた。1870(同3)年、海舟のすすめもあって、藩費留学生として12歳の若さで米国に渡った。滞米生活7ヵ年、その間アナポリス、ニューハーベン、グリンブルドで英仏語を中心に文学、数学を学んだ。

 帰国から数日後、東北地方の旅に出て、戌辰戦争の旧佐土原藩戦没者の墓に参り霊を弔っている。その後、華族会館から華族子弟の教育意見を求められるが、教育の自由平等とはほど遠い学校(学習院)の設立計画に反対し決別した。望郷の思いを抑えきれず、海舟に書いてもらった西郷隆盛あての紹介状を懐に故郷の広瀬に帰った。すぐに同志とはかり、遊惰にながれる青年の教育事業に取り組んだ。そこではアメリカで学んだ自由民主の思想が新鮮な知識として伝えられた。

 3ヵ月後、西南戦争が起こると、有司専制(藩閥のエリートが独断的に政治を行うこと)からの解放をめざし、父や兄の説得をも押し切り「吾人の為さんと欲する所を為すのみ」として佐土原の同志200余人とともに参戦した。西郷は若く有為な人材ゆえに参軍を断ったが、島津啓次郎のひきいる佐土原隊は熊本の各地を転戦した。

 途中、単身上京して事態収拾の計画をたてたが成功せず、再度本隊と合流して可愛岳(えのたけ)、三田井、椎葉、米良、小林を経て1877(同10)年9月24日、西郷らとともに鹿児島の城山で21歳の生涯を終えた。(徳永 孝一)

◎私学をおこす
 広瀬に帰った啓次郎は、新知識伝授の教育事業に意欲をもった。そこで50人の同志とともに閑静な三納山中に入り廃寺(谷照寺=国昌寺)を借り、「自立舎」と名づけた学習会をはじめた。舎長には島津啓次郎が推され、運営はアメリカ仕込みの全員できめる民主的な方法で、啓次郎も炊事、湯沸かしなどを喜んで引き受けた。

 寝起きをともにするなかで読書・講演・討論等を通じ学習が深まったという。それから3カ月後、同志の奔走で広瀬天神山に「外字文黌」という私学校が誕生した。啓次郎は豪放な性格で物事に動ぜず、上下の別け隔てなく接する情の厚い人であった。

〇ちょっと一言
勝海舟には「坂本竜馬の再来か」とまで言われるほど若くして有望のある人だったようですが、21才で戦死とは若すぎます。
島津啓次郎ゆかりの地として
広瀬中学校に胸像(〒880-0211 宮崎県宮崎市佐土原町下田島20305−12)
広瀬神社(〒880-0211 宮崎県宮崎市佐土原町下田島9175)
などあります。





  


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2018年07月07日

切り抜きがいっぱい!

みやざきNPO・協働支援センターでは業務の一環として、年度別、地域に分けた新聞のスクラップブックを置いており、その他に宮崎県各地のチラシや情報誌も置いております。
閲覧自由ですのでお気軽にお越し下さい。

詳細・お問い合わせ
みやざきNPO・協働支援センターHP
http://miyazaki-ksc.org/




  


Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 11:30Comments(0)みやざきNPO・協働支援センターについて

2018年07月06日

【助成金・公募情報】~ JTB交流文化賞~

【助成金・公募情報】~ JTB交流文化賞~
助成制度名:JTB交流文化賞
実施団体:株式会社ジェイティービー(JTB)
関連URL
http://www.jtb.co.jp/chiikikoryu/koryusouzousho/obo/index.asp
お問い合わせ先
〒105-0014 東京都港区芝3-23-1 セレスティン芝三井ビルディング 12F
JTB交流創造賞事務局(株式会社JTB総合研究所内)
TEL.03-6722-0757(10:00~17:30 土・日・祝日休み) 
FAX.03-6722-0753
募集ステータス:募集予定
募集時期:2018年8月1日~2018年9月15日
対象分野:まちづくり、観光
対象事業:事業プロジェクト、その他
内容/対象
『わが“まち”に誇りを持つために』

募集内容:国内外を問わず旅行者を受け入れる地域として、地域固有の魅力の創出・需要の創造、地域活性化、双方向の文化交流など、一過性のイベントではなく「持続可能な観光」を創造したオリジナリティが生かされた取組み事例を募集します。
※前回応募いただいた取り組み事例も応募いただけます。但し、過去に受賞された取り組み事例は対象外です。

最優秀賞
1作 賞金100万円
優秀賞
2作 賞金50万円
応募制限
その他
観光振興、地域活性化に取り組んでいる組織・団体
応募方法
【 郵便等で応募の場合 】
JTB交流創造賞事務局まで送付してください。

【 インターネットで応募の場合 】
応募フォームからご応募ください。
※応募フォームは8月1日(水)からアクセスできます。
選考方法
下記基準をもとに選考委員が総合的に判断いたします。
◎一過性のイベント等でなく、持続的な観光振興や地域活性化への波及や貢献が見込まれる。
◎地域資源の活用など地域の独自性が活かされている。
◎地域の中で、様々な人、組織が連携している。
◎人、地域、文化の交流の創造に資している。
◎民間・市民が中心となり、発展途上であるが将来性が期待できる。

詳細
http://www.jtb.co.jp/chiikikoryu/koryusouzousho/obo/index.asp

これまでの助成金・公募情報
http://ksc.miyachan.cc/c18904.html
  


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2018年07月05日

【地域づくりと宮崎101人】⑥小倉 処平(おぐら しょへい)

こんにちは!
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当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、
宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!
⑥小倉 処平(おぐら しょへい)1846~1877

●「貢進生制度」を実現
 飫肥(現日南市)の生まれ、中級藩士長倉喜太郎の2男。18歳のとき同藩士小倉九十九(つづら)の養子となった。1864(元治元)年に藩命で京都に行って藩の外交に当たり、後、藩校振徳堂の句読師(くとうし)(読み書きを教える人)・寮舎長にも選ばれた。処平の指導理念は世界雄飛を目指す進歩的なもので、生徒から尊敬を集めていた。間もなく江戸に出て、安井息軒の門人となり、陸奥宗光・谷干城(たてき)らと交流があった。

 明治に入ると、公費による長崎朗田学制度を藩主に進言し、1869(明治2)年には小村寿太郎、伊東益夫、田原億蔵を、自ら引率して長崎に留学させた。当時、大学南校(東京大学の前身)は、雄藩出身者で占められていたので、小藩からも学生を出す「貢進生制度」を同志とともに進め、実現させた。小村寿太郎も入学できて、後に大成する契機を得た。処平はこのころ文部権大丞(もんぶごんだいじょう)の職についていた。

 1871(明治4)年に海外留学を命ぜられ、英国、フランスで政治や経済を学んだが、国内で征韓論決裂のことを知り急いで帰国、西郷隆盛・板垣退助らが下野すると、彼もまた飫肥に帰郷した。1874(同7)年佐賀の乱が勃発し、敗れた首領江藤新平らがひそかに処平を頼って飫肥に潜入してきたのを、外ノ浦港から土佐へ逃亡させた。そのために彼は禁錮刑に服し、後、大蔵省七等出仕となった。

 西南戦争が起こると、「日向の人心を鎮ぶしてくる」と唱えて帰郷したが、すでに飫肥士族300名が前線にあることに義を感じ、薩軍奇兵隊総監として転戦、和田越(現延岡市)の戦いで負傷し従容として自刃した。『英国租税年表』などの訳述を残している。(藤井 美智雄)

◎家族愛と教育一家
 処平は孝養心の深い人物であったことが、留学先の英国から家族宛の手紙に表されている。「英国竜動府自一筆啓上仕候」に始まる文面には、両親兄弟への安否伺いから、「養生第一にして何卒ご無理なきように」と美文で綴られている。遠く異郷の地にある身を案じてくれる家族へ、無事を伝え、愛情にあふれた心遣いで満たされている。

 処平白身が藩費留学の促進や小村寿太郎育ての恩師であるなど教育への熱意はもちろんであるが、兄の長倉外字も安政年間に振徳堂の助教を務め、県官を歴任。西南戦争では飫肥隊編成の先駆けとして活濯し、戦後では3年の刑期を送った後、農商務省の御用掛に出仕している。弟の長倉雄平はまれにみる努力家で、文部省督学局に勤務の後、学校教師に転じて、新潟、山梨など各県の師範学校長を経て、1906(明治39)年退職後は帰郷して後進の指導に務めた。兄弟共に教育者であった。
出典:https://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/seikatu/miyazaki101/hito/006/006.html

〇大岐ちゃんメモ
「飫肥西郷」と呼ばれ皆から親しまれた小倉処平。早くから小村寿太郎の才能に目を付けていた小倉処平は小村を早い時期から留学させ、小村は外交官として名を残すわけですが、小村がハーバード大学に留学している時に西南戦争で自刃。小村は帰国後すぐに小倉の墓へ向かい号泣したそうです。
小倉処平ゆかりの地として
振徳堂(〒889-2535 宮崎県日南市飫肥10丁目2−1)
加療の地( 〒889-0102 宮崎県延岡市北川町長井3942)
があります。
  


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2018年07月02日

【地域づくりと宮崎101人】⑤石井 十次(いしい じゅうじ)

こんにちは!みやざきNPO・協働支援センターの大岐です!

当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局
としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、
これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!

⑤石井 十次(いしい じゅうじ)1865~1914

●生涯かけて孤児救済
 日本の近代化の中で、富国強兵を国是としていた時代、キリスト教の博愛主義を貫き「孤児救済」に生涯をかける“直情径行の快男児”(徳富蘇峰の弔辞)が現れた。当時は福祉を基底においた社会政策もなく、自ら開拓するよりほかにない信念の選択であった。この難事業に挑んだ男、それが石井十次である。

 十次は上江村馬場原(現高鍋町)に藩士の子として生まれ、幼少時は郷里の塾に学び、15歳で文字通り学に志し上京したが、脚気(かっけ)にかかり帰郷。16歳で結婚、上江小学校教員、宮崎警察署書記を務めるなどしたが、病を得て宮崎病院院長荻原百々平(どどへい)の治療をうけた。百々平は彼にキリスト教を説き、医者への道を勧めた。

 1882(明治15)年、十次は岡山県甲種医学校に入学、ここで新島襄(じょう)の活動を知り感激した。やがて英国のブリストル孤児院のジョージ・ミューラーの生き方に心をよせ、自分の生き方の指針を定めた。
 医学校卒業後、診療所での実習を続けたが、この時近くの大師堂で巡礼の子・前原定一を引き取った。救済の第1番目である。

 間もなく孤児教育会を設け、決断の時を迎えた。“人は2人の主に仕うること能(あた)わず”(「マタイ伝」)と、決然として医学書を焼き捨てた。以降、濃尾(のうび)震災の93人、東北大飢饉(ききん)の823人、岡山孤児院は在院者を含めると1,200人にも達した。

 十次は子供の将来を考え、教育と労働を両軸に実践、“働く喜び”を教えた。1910(同43)年、先発者に加えて西都市・茶臼原(ちゃうすばる)への移転を開始、「鍬鎌主義」の理想実現に燃えた。十次の一生は、孤児にささげた慈愛の一生だった。(山口 保明)

◎蘇峰と十次
 言論界を常にリードしていた徳富蘇峰(そほう)は、「尊兄の至誠に感じたしるし」として、未見の友十次に金一封を寄付した。感激の初対面は、1899(明治32)年5月の第1回東京慈善音楽会。院児音楽隊の演奏に続き、十次は幻灯によって岡山孤児院の経過や実情を説明、集会者に多大の感銘を与えた。

 蘇峰はやおら登壇、「この10年社会に代わり、孤児の友として苦心経営、今日に至った石井十次君の労を謝するため、一同起立して、もって感謝の意を表したい」と提案。満場千余人があらしのような拍手でたたえた。十次の生涯忘れ得ない出来事だった。

 蘇峰は「国民新聞」に十次を悼み長文の弔辞を掲げた。それから8年を経て、茶臼原の十次の墓にもうでた。「煙霞勝遊記」に「無限の慈悲と、善根と、無量の勇気と、信仰のありき」と記し、誇るべき十次の歩みだと追懐している。

〇大岐ちゃんメモ
「児童福祉の父」と呼ばれ、「岡山4聖人」の一人。岡山で医師を目指していましたが、孤児救済に生涯を捧げました。石井十次がいなければ救われなかった子供も多かったと思います。
石井十次ゆかりの地
宮崎県総合文化公園に銅像
石井十次資料館(宮崎県児湯郡木城町大字椎木644-1)
石井記念友愛社( 〒884-0102 宮崎県児湯郡木城町大字椎木644-1)

  

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2018年06月29日

今日のセンタ―

活動支援スペースを無料で貸し出ししております。
団体登録又は個人登録の他、使用するには条件がありますので詳しくはみやざきNPO・協働支援センターHPまで。
http://miyazaki-ksc.org

  


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2018年06月29日

【地域づくりと宮崎101人】④内藤 充眞院(ないとう じゅうしんいん)

こんにちは!みやざきNPO・協働支援センターの大岐です!

当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局
としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、
これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!4人目はこの方!

④内藤 充眞院(ないとう じゅうしんいん) 1800~1880

●源氏物語注釈の才女
 彦根藩主井伊直中の第9子で名は充姫、内藤家に嫁ぎ繁子と名乗るが、夫の政傾が37歳で逝去後、髪をおろし充眞院と称した。35歳であった。文学、絵画の才に優れ、女性の作品として高く評価される旅日記2編がある。

 江戸~延岡往復の日記で『五十三次ねむりの合の手』江戸-延岡。『海陸返り咲ことばの手拍子』が延岡-江戸。どちらも自筆のスケッチ入りで、神官、かご、宿場の娘、川渡し、港のにぎわいなど、さらに荒井(新居)の関所の、「女人改め」の描写は、人見女の服装を克明に記している。元治から慶応へ元号が変わった道中での時代の推移がよみとれる。政変の続く中で、参勤交代制度の変革に伴う江戸と領地を往復の旅日記である。将軍家茂の先発隊と遭遇し、また公家衆との行き合いを避けるなど、崩壊してゆく権威を譜代大名家の女65歳の視座がとらえる。

 1860(万延元)年3月の雪を血で染めた桜田門外の変で、暗殺された大老井伊直弼(なおすけ)は充眞院の弟であった。充眞院は1863(文久3)年延岡へ。2年後再び江戸へ向かう。

 内藤家は代々風雅な藩主が多く、充眞院は風虎(義泰)の家集を発見、修復し後書きを自分で書く。品位、玲瀧(れいろう)と匂(にお)う名文である。

 源氏物語に通暁し54帖の注釈。また、美術の造けいも深く金比羅参拝の折、大書院での観照は卓抜である。子どもの無い充眞院は姪の光姫を旅に同行、厳しいしつけと母心旅情が供の者へのいたわりとともに光っている。天賦ともいえる才華の女人は、東京青山墓地に眠っている。(三島 敏子)

◎時空をこえて
 延岡の生活を基にウィットに富むエッセイ集「色々見聞きしたる事を笑ひに書」は、蛇よけのまじない、金魚の飼い方など、まちの様子に精通した内容で他に多数の著書がある。

 日記の1節、小雨の街道で〈…ほこほこと三味線の音ス…〉2階の女の艶(つや)っぽい幻影が浮かぶ。歌舞音曲(おんぎょく)の情緒風流をもたしなみ、地元の名物に美味求心をこらす。庶民のくらしに、心ゆき届く描写が多い。

 1865(元治2)年3月15日、江戸へ旅立つ-港までは川下りの御座船、別れを惜しみ船を追う娘たち、小雨けぶる城の藤は花盛りせめてかたみと1枝を手折り、船に結び歌を詠む〈けふこそハ(は)つきぬ名残を川水に移してにほへ藤浪のはな〉。延岡の女性たちの「充眞院を学ぶ会」は発足10周年に当たって充眞院の遺徳顕彰のため、多くの人々の賛同を得て1997(平成9)年秋、記念像を建立。その深沈とした眼差しは念珠を手に、時空をこえる。


大岐ちゃんメモ
内藤充眞院は江戸で生まれ60年以上ほとんど江戸から出たことが無かったようです。延岡に帰ることになった時60歳を超えており、それだけ当時の江戸が混乱していた事が分かります。
充眞院の銅像がある内藤記念館は現在閉館中。パワーアップするために改装中とのことです!!
開館したらぜひ遊びに行きましょー!!
晴れ
  


Posted by みやざきNPO・協働支援センター at 12:01Comments(0)スタッフブログ宮崎の偉人