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2018年07月31日

【地域づくりと宮崎101人】⑩三島 通庸(みしま みちつね)

こんにちは!
みやざきNPO・協働支援センターの大岐です!

当センターでは、協働の推進やNPOに関する相談やサポート等の他に、
宮崎県地域づくりネットワーク協議会の事務局としても活動をしており、宮崎県内で地域づくりの様々な活動を行っている団体などのサポートなども行っています。

その中で、宮崎のこれからの「地域づくり」を考えていくためにも、宮崎の歴史を振り返り、宮崎のことをよく知ってもらうことも
大事ではないかと考えました。ということで、これから宮崎の偉人101人をこのブログにてご紹介していこうと思います!

三島 通庸(みしま みちつね) 1835~1888

●庄内・三股地域繁栄に尽くした
 旧薩摩藩士。幕末動乱期の寺田屋事件にもかかわり、戊辰(ぼしん)戦争では各地を転戦した。1869(明治2)年に旧都城領主島津元丸は鹿児島へ移住し、代わって同年9月に三島が都城地頭に抜てきされて着任、広小路の商家を役宅とした。
 しかし旧領主を慕う領民が排斥したために、彼はわずか24日で鹿児島に引き揚げ、都城地域の調査研究に力を注ぎ、三郷分割と農耕地を総割換えする大御支配の2大方針を画策した。

 三郷分割は、山田・西岳など10カ村を上荘内郷、郡元・安久など15カ村を下荘内郷、石寺村を梶山郷とし、同年11月に知藩事から布告させた。さらに翌年3月には下荘内郷のうち5カ村を割き梶山郷に編入、9月に梶山郷・勝同郷を併合して下三俣郷と称し、改めて三島は上荘内・下三俣両郷の地頭となった。
 大御支配は、1年4カ月をかけて綿密に調査し、各戸に田2反2畝・畑3反1畝25歩を配分した。
 三島は、安永村(現都城市庄内町)を中心に建設手腕を振るい、71(明治4)年11月鹿児島へ帰るまでの間に地頭として両郷の経営に尽力した。注目される業績としては住宅街地の建設、鹿児島などから商人を集めての町づくり、高岡・国分・都城・小林に通じる道路や安永川の堤防修築、母智丘神社の建立、そのほか産業・教育・兵制の整備などが挙げられる。
 地域の人々は彼の業績をたたえ、1909(明治42)年に顕彰碑を庄内小学校内に建てている。三島はその後、各県の県令や警視総監としても活躍した。特に福島県令であった82(明治15)年会津道路開削をめぐって県会と激しく争った事件は有名である。(藤井 美智雄)

◎新任地頭の門標斬り事件
 版籍奉還の後、旧薩摩藩主であった島津忠義は知藩事となり、政府の施策にもとづいて藩政改革を行った。
 旧来私領として分知していた地域を直轄地に入れて、新たに地頭を置いた。都城も同様に、三島通庸が地頭として済陽(わたよう)という商家屋敷に着いた。その門柱には幅6寸、長さ5尺の「地頭標札」が掲げられた。彼は赴任にあたり、都城開発を期していたが、意外に住民の多くは歓迎せず、むしろ冷淡であった。学者の高野安恒は名文をつづって「旧主元丸を地頭に」と切々と訴えたが、三島はこれを無視した。
 そのようなときに1869(明治2)年9月11日の夜半、地頭役宅の大きな門標札を何者かが切り、溝に投げ捨てた。
 翌日徹底的に取り調べたが、ついに要領を得なかった。一説には、三島地頭自ら門標を破壊して、憤まんを晴らしたといううわさもあった。

大岐ちゃんメモ
三島通庸は全国で活躍したそうです。栃木県では三島神社という三島通庸が祭神となっている神社があります。
三島神社(栃木県那須塩原市三島5-336-5)
2019年の大河ドラマ「いだてん(韋駄天)」にて俳優の生田斗真さんが三島通庸の息子三島弥彦を演じるそうです。
ネタバレするといけないので興味ある方はググってみてください。








タグ :宮崎歴史

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